協和発酵バイオで行っている応用研究(培養・精製)について、各工程の順番にあわせてご紹介します。
協和発酵バイオで未開拓の分野を切り開いていくのが私のグループのミッションです。目的の化合物を大量に生産にするために、まずは特許や文献情報を参考に適切な代謝経路を設計し、菌株や酵素活性を選択して育種戦略を立てることから始めます。その際、必要があれば協和発酵工業時代からのストックや新規で探索してきた菌株を用いてスクリーニングしたりもします。その後、遺伝子組換えや変異導入操作をすることで、目的の化合物を大量に生産する菌株を造りあげます。この後小スケールで培養を行い、条件検討を行った結果、目的の生産性や再現性を達成できた案件が生産技術研究所で検討されることになります。
この工程では、理屈通りにならないことが多く大いに悩まされます。微生物も生き物であり、ある特定の物質を生育に必要な量以上に生産することがないようにするための制御が働いており、その制御機構には未解明なものが多々あります。そのため、目的の化合物の生産性を向上させる意図で遺伝子の発現量を強化したり、酵素改変により酵素の性能を上げても発酵生産というプロセスでは逆効果になることも多いのです。そうした中、様々な条件での育種・培養を繰り返すことによって生産性を上げられた時の喜びは計り知れないですね。育種・培養は、製品が出来上がるまでの上流の研究工程であるため、世に出すための菌株の原型を自らの手で生み出せることにやりがいを感じます。自分で生みだした菌株やプロセスを生産技術研究所に託し、その後工業生産のための検討が行われていくにつれて、社会に貢献しているという思いも強くなっていきますね。
菌株の造成段階での培養評価は通常、試験管・フラスコ・ジャーファーメンターと呼ばれる培養装置を用いて行います。この段階では大きくても数Lスケールですが、私の仕事は育種・培養関連の基礎研究の担当者よりバトンを受け取り、その数十倍~数百倍ものスケールの発酵槽を用いて微生物培養を行うことです。培養スケールの違いによって撹拌速度や通気量など様々な違いがあり、ラボでの培養と全く同じ条件で培養を行っても同じ結果が出ないことが多いですが、分子生物学・化学工学の知識を駆使しながらラボから製造現場への製造プロセス導入の橋渡しを行っています。
この仕事は実製造へと直結するものなので、スピーディーなプロセス構築と製造現場への導入が必要となります。その一方で安定的なプロセスを構築しなければならないため、検討に時間を要することがあります。実際に、新プロセスを製造現場に導入する期限が迫っているにもかかわらず、安定した培養が行えず、培養プロセスの改善検討に頭を悩ませたことがありました。私が担当している大スケールでのプロセス改良だけでは培養プロセスの改善は困難だと判断したため、菌株の造成を行っている部署と協力し、菌株とプロセスの両面から改善を行いました。その結果、製造現場への導入に成功し、現在も安定した培養により製品を作ることが継続できているため、この経験は今でも自分の自信になっています。このように時間と成果に板挟みにされる時はとても大きなプレッシャーを感じ、休む暇もありませんが、製品の製造現場導入が成功するよう全力で仕事をしています。
小~大スケールでの培養で、目的化合物の高い生産性が再現できた後は培養液から目的の結晶を取り出すための精製工程に移ります。その精製工程の初段階が菌体分離です。以前は遠心分離とけい藻土ろ過を合わせて菌体を分離していましたが、現在では表面に微生物が通れないほどの微小の穴が空いている無機膜ろ過装置を用いての分離に移行してきています。このろ過装置の導入によって省力化ができ、廃棄物も大きく減少しました。ただし、品目により物性が異なるため、同じ装置で複数の品目の菌体分離を行う際にそれぞれに適した前処理条件を検討しなければならないという難しい工程でもあります。
無機膜ろ過装置の導入は、設備投資額が大きく、また耐用年数も長いため、導入するからには使いこなすんだという強い覚悟が必要でした。当社では同じろ過装置で複数の品目の菌体分離を行っています。生産する品目によって生産菌は様々であり、その菌体の形などの特性によってろ過のしやすさが大きく異なるため、前処理を行わなければ目詰まりしてしまう可能性があります。この工程では目詰まりが最大の敵なのです。目詰まりを防ぐために培養液の温度を高くして粘度を下げるなどの処理条件の検討も行われますが、化合物によっては熱に弱いものもあるため、化合物を壊さずかつ目詰まりさせずに菌体分離ができるような前処理条件を見つけることは非常に困難です。さらに培養の状況が毎回違うという発酵生産ならではの難しさもありますので、何度も試行錯誤を繰り返した後に処理条件を研究解明できたときは充足感に満たされますね。
培養液には菌体分離後も製品となる目的の化合物以外に、副産物や培養原料などの不純物がまだ多く含まれています。この工程では、樹脂への吸着によって不純物を除去し、培養液中の製品の純度を高めることが目的です。私は数種類のイオン交換樹脂を用いた精製研究を行っています。製品を工業生産する際には樹脂の性能とコストの両面が重要になりますので、その点に留意しつつラボスケールで樹脂の種類や培養液を通す樹脂の順番を検討します。数多くの樹脂から最適のものを選び、効率良く不純物除去を行えるプロセスを組み立てるためには、目的の化合物や不純物の特性を理解していることが大前提です。
イオン交換樹脂の選定は、非常に多い種類の中から目的の化合物や不純物の特性を十分に考慮した上で最適のものを選ばなければなりません。以前、あるアミノ酸の生産工程において、結晶ができてしまい樹脂を圧迫し壊してしまうという問題に直面しました。種類が豊富な汎用品の樹脂の中にもこの問題を改善するものは見つからなかったために、樹脂メーカーとの共同研究によって解決の糸口を探ることにしました。樹脂メーカーの樹脂に関する知識と当社の研究力を融合させて研究を行った結果、交換速度を変えるなどの工夫により解決に至っています。イオン交換の工程では、このように共同研究などを通して、外部の技術者と関わる機会が多くあります。構築したプロセスが実製造に結びついた時の喜びはもちろんですが、実際に現場で使われている樹脂が劣化する原因を解明し、コスト削減に繋げることができたときにも研究の面白さを感じます。
イオン交換樹脂による吸着により不純物が除去された培養液は、脱色や濃縮工程を経た後、晶析工程で培養液中の化合物の溶解度を下げることによって目的の化合物を結晶として析出させます。この工程でも菌体分離やイオン交換の工程と同様に目的の化合物の特性に合わせて晶析方法や条件を検討します。求められる生産性やスピードを達成するだけでなく、晶析工程後の結晶分離工程の生産性も考慮した晶析条件を検討しています。次工程では結晶の状態によって分離性が変化しますが、その状態は品目によって異なります。品目ごとに最適な大きさや形の結晶を析出させるために、温度やpH、溶媒の種類や添加速度など様々な条件を組み合わせて検討を行っています。
あるアミノ酸の晶析では、無水結晶が溶媒中の水を取りこんで含水結晶に変化してしまうという問題がありました。無水結晶のまま取り出すことができれば、その後の結晶分離工程では分離性が良くなり、乾燥工程では時間が短縮できるためコスト削減に繋がり、さらに品質も向上するというメリットがありました。無水結晶から含水結晶に変化してしまう制御因子を探すのには、検討条件の組み合わせが無限と思われるほどありましたので大変苦労しましたね。問題解決までには1年弱を要しましたが最終的に特許の取得までこぎつけることができました。晶析は解明されていないことが多い学問であり、先駆けて体系化するやりがいを感じることができます。また世界で誰も行ったことがない化合物の結晶化を実現させた場合、特許取得は確実であるため、夢のある工程だとも言えますね。研究を通して特許の取得を目指すことは日々の研究に対するモチベーションになっています。
これまでの工程の後、乾燥を経て製品は生産されますが、製品以外の不純物などを含んだ廃液を処理しなければなりません。各国には有機物・窒素・リンなどの排出に関する規制値が定められており、企業としてこの規制を守ることは必須です。増産などにより環境負荷の増加が見込まれる際は、ラボで排出される廃液の分析から始まり、徐々にスケールアップしながら試験を繰り返し、効率的な処理を目指します。廃液の処理能力を大きく超えそうな場合は、新たな廃液処理設備を検討・導入することもあります。どの工程からどのような廃液がどれだけ排出されるのかを知っておく必要があるため、全プロセスについて幅広く理解しておかなければできない仕事です。
当社の製造拠点は日本のほか、アメリカ、中国、タイの4拠点で構成されています。廃液処理プロセスを構築する際は、それぞれの国の事情に応じて課せられた排水規制値を遵守することはもちろんのこと、安全・安定・安価な処理を目指して検討を重ねます。構築したプロセスを各製造拠点へ導入し設備の立ち上げを行う際は、研究所のメンバーが現地スタッフと協力して各種データを取得し、想定通りの能力が出せることを確認しつつ運転条件を定めていきます。しかしながら、安全・安定・安価な運転を継続するには、導入後も不断の努力を続けることが重要です。現地スタッフにもプロセスのコンセプトを理解してもらい、ともに導入時点の運転方法をブラッシュアップしていくことで、各拠点にマッチした運転方法に昇華させていきます。先輩方から受け継ぎ、育ててきた我々の技術が、各国の製造拠点で連綿と引き継がれていくことを実感するときに喜びを感じます。